おっさんが居酒屋で語るクソ話

手書きかパソコンか

今日は雨だ。

昨日は疲れがひどく、ランニングをしなかったので、今日で2日続けてランオフということになった。

昨日休んだので、無論今日は走るつもりだったが、まあ休みなさいということだろう。ということで今月は183.7キロで終わった。200キロに到達してみたかったが、走り始めてから毎月、コンスタントに距離が伸びているので良しとしよう。

 

小説の方は昨日からやっと第一稿の執筆に入り、今日は原稿用紙7枚くらい書いた。400字詰め1枚で約300文字として、2000文字ちょっと。うーん少ない。

原稿用紙に文章を手書きするなんて小学生以来だ。

大学生になってパソコンで文章を書くようになってからは、長文を手書きなんてしたことなかった。

多くの人も同じだと思うが、やはりパソコンで何か書くほうが早いし楽みたいだ。けっこう書いたな〜と感じたが、思ったより文字数いってない。

しかし、こないだ自分用としては人生初の万年筆を購入したのもあって、紙に手書きするという行為は新鮮で楽しい。

 

なぜわざわざ手書きで始めたかというと、まあ小説の書き方にはいろいろあるのだが、なんとなく、手書きで育った最後の世代の僕なんかは、手書きしたほうが思考をそのまま書き写すのに向いてるんじゃないか?と感じたからだ。

僕はタッチタイプができない。だから、遅いし、考えたことが無意識に手を動かしてアウトプットされるという感覚には程遠い。

文章を考えて、タイプして、考えて、タイプして、、、、といった感じだ。

これだとなんとなく、流れができていない感じがしてしまう。要するに、考えることとタイピングすることを、別の脳の領域を使って交互にやらないといけない感じなのだ。

理想としては、考えるのと同時に、無意識に指が動いてくれて出力されていく状態にしたい。

まあ、タッチタイプを習得して練習すればいい話ではあるが。

 

その点、手書きだとやはりパソコンよりは、思考がリアルタイムで出力されやすい。かな?

漢字がわからなくてストップすることもあるが、そういう時はとりあえずひらがなにしちゃうし、パソコンよりは少しマシな気がする。おかげで原稿は自分でも読むのがギリギリなくらいの汚さになった。

 

どっかの有名な小説家の意見で、パソコンで書かれた作品は、どうも無駄な文章が多い、という話を読んだ。多分、書くのがラクなんでしょうね、と言っていた。

その点、手書きはやはりパソコンよりは疲れるので、無駄なことを書かなくなるという。

僕が前回、途中まで書いて頓挫した話があったが、その時はパソコンで書いていて、どうも意味のない無駄な文章で字数を増やしている感覚があった。

だから、今度はそういうことをいないために、手書きで試してみてるところなのだ。

最終的に僕がどのようなスタイルになるかはわからない。だから今はいろいろ試そうと思う。

 

村上春樹は長編を書く時、1日に原稿10枚書くことに決めているらしい。それ以上増やさないし、少なくもしないんだそうだ。

400字詰めで3000文字ちょっとだと考えると、思ったより多くない。

もちろん、彼のスタイルとしてセーブしているんだろうけど。

 

僕はだいたい今2000字くらいしか書けない。(もちろん、書いた文章のクオリティもぜんぜん劣るだろう)

村上春樹が毎日10キロ走って、小説は10枚書くペースなら、僕がそれくらいしかこなせないのも当然かもしれない。

多分だけど、僕もランニングを毎日10キロこなせるくらい体力が付いたら、1日に書ける文章も増えているのだろうな、と思う。

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