ランニング 日記マラソン

やっぱり子供は運動した方がいいよね、と思う理由

ストリーク(毎日ラン)継続15日目。

今日のランは40分。約7キロのジョグ。まあ気分としてはリカバリーのジョグだ。

翌日が休みなので、フルマラソンに向けたロング走を予定している。30キロ走れたらいいかなと。

そんな長い距離走ったことないので、少々ビビっての前日軽め調整といったかんじ。

 

軽めではあるが、やはりここんとこの疲れは抜けていない感じで重たかった。普通に脚の筋肉がギシギシしてる。

毎日休まず走ってると、なかなか全回復するチャンスがない。

軽めの日はもっと思い切って低強度にする必要があるだろう。

走り出すとつい調子に乗っちゃって、走っちゃうんだけどね〜

今日の小話

走ってて思い浮かんだことを書いてくコーナー。

今日は「やっぱり子供は運動した方がいい」という話。

 

僕はありがたいことに、小学校から大学まで野球をやらせてもらった。

大学では準硬式でガチ路線からは降りたけど、高校では甲子園を目指した。

 

現役時代、まあそれはそれはたくさん走ったわけだが、ランニングを始めたとき、その頃の貯金がまだ残っていたことを知った。

36歳で突然ランニングを始めて、わりとすぐそれなりに走れるようになったのは、正直この貯金が大きかったと思う。

もちろん筋力、筋肉は落ちていたが、走る感覚というか、運動感覚というか、そういう動けるイメージがちゃんと残っていたのだ。

 

正直、もし僕が何にも運動をしてこなかったとしたら、運動に対する抵抗はグーンと上がっていたと思う。

走り方というものがそもそも分からなかった可能性すらある。

筋肉に乳酸が溜まって苦しい感覚も若い頃に十分知っていたし、体がなまった状態で激しく呼吸が上がると、ゲロってしまうのも知っていた。

しかしそれが30過ぎて始めて経験することだったらどうだろう?

僕だったら「こんな苦しい思いは2度としたくない」と思って即座に運動をやめるだろう。

 

要するに言いたいことは、

子供の頃の運動経験は、大人になってからの再スタートの助けになる

ということ。

 

そしてすんなり運動を再開することができれば、そんなに抵抗なく継続できる可能性が高い。

 

30過ぎれば体が資本だということに気づく

そもそもこの話は「成人は運動をするべきだ」ということを前提に話しているが、その理由は見出しの通りだ。

20代の頃からそれに気づいて、体のケアを続けている人がいたら、かなり意識が高いと言えよう。

 

もし、自分の仕事に体力はそんなに関係ないと思っている人がいたら注意した方がいい。

どんな仕事でも、いい仕事をするためには必ず、フィジカルの強さが必要だからだ。

そしてぞのいい仕事を継続し、より高めて行くにはなおさら体力が要となってくる。

 

長時間パソコンの前に座ってキーボードを打つのだってかなり体力がいる。

集中力は体力があるから続く。精神力と体力は、パソコンの画面とキーボードのようにお互いくっついている。

そういうことを知れば、体を鍛えなければこの先の人生マズイ、と気づくはずなのだ。

 

うちのオカンがよく、

「体が資本だぞー」

とブツブツ言っていた。

若い僕には何のことかわからなかったが、今ならそれが真理だとわかる。

体が元気でさえいれば、何度失敗したってたくましく立ち上がれるからだ。

 

人生のキモはチャレンジだと思う。

チャレンジがなければ達成はない。

チャレンジするためには、土台となるフィジカルが必要。

至ってシンプルだ。

 

そしてそのフィジカルは、年齢とともに勝手に落ちていく。

だから、「もっと上を!」という向上心があるのなら、体を鍛えるという自己投資を選択するべきなのだ。

 

運動をすれば、運動ができる体に生まれたことが恵まれていることだと知る。

健康に産んでくれてありがとうと、感謝の気持ちが芽生える。

そして運動したくてもできない人がいることを知る。

希望があっても叶わない人が大勢いることを知る。

もう少し、謙虚でいようと思う。

そうしたら、ちょっとだけ社会が優しくなる気がする。

 

 

「体が資本」とオカンは口すっぱく言った。

そしてその最大の資本を与えてくれたのは両親だし、さらにはご先祖のおかげ、先人のおかげだ。

体を大切にしようと思う。

僕は誰かの親ではないが、親だったらきっと、子供の健康を第一に想うのだろう。

想われてるんだよ、あなたもきっと。

大切にしよう、その資本を。

だから、運動はいいと思うよ。

 

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