日記マラソン

やさしい世界でありますように

昨日のことだが、神田沙也加さんが亡くなったことをネットニュースで知った。

あまりこういった悲しい話をネットで追ってしまうと影響を受けてしまい、自分の心も食らってしまうのでほどほどにしたほうがいいのだが、あまりにも残念でけっこう落ちている。

 

もちろん本人とは全く面識もないが、同年代なのでたまに少し気にしている存在だった。

たしかドラゴンヘッドという映画(ドラマ?)のヒロインで出てたのを見て知ったんだが、年も一緒でかわいいなと思い、その後たまーに名前を聞くと気にしていた。

 

特にファンでもないし、舞台とかを見たわけでもない。ぶっちゃけアナ雪も見ていない。

だけど、自分と年齢が一緒(正確には1個下)ということだけで、わりと勝手に親近感を覚えるものだ。

神田正輝と松田聖子という超大物の娘さんということで、そりゃあもう生まれながらに全く違う世界に生きていた人なんだけど、でも確実に、違う場所だけど同じ時間を生きていたんだよなあと思うと、なんか切ない。

 

もうなんていうか、かわいそうでかわいそうで仕方ない。

事故なのか自ら選んだのかははっきりしていないが、もし自分で選んだのだとしたら、どれほど苦しんできたことだろう。

有名人の親を持つということ、それがどういう苦労を生むのか、凡人の僕には全く想像もできない。

自殺するくらいなら(とは決まってないけど)、逃げたっていいじゃん、ということすら、通用しないのかもしれない。

どこまで逃げても、その親の元に生まれたことは変わらないのだから。

 

男関係で誹謗中傷もあったという記事も見かける。

もし、死ぬ前に逃げるという選択をしたとしたら、命は助かったとしても、世間は許すのだろうか?

逃げないで死ぬしかなかった世界線をみんな知らないで、逃げて生き延びた人を、社会は優しくいたわってくれるのだろうか?

僕はそうにはならないと思う。

だとしたら、有名人が追い詰められた時に、最後の逃げ場となるのは、やはり死しかないのかもしれない。

 

でもよ、死しか救いがない世界なんて、残酷すぎるよな。

偉大な親の元に生まれたってだけで、そういう世界にしか生きられないのだとしたら、、、かわいそう。かわいそうだよ。

それでも、本人は頑張って頑張って、耐えて努力して、あの地位まで自分の力で登っていったんだろう。

どれだけ頑張ったことだろう。

それなのに、救われることはなかったなんて。

どんな気持ちで最後、パパに電話したんだろう。

僕と同じ年の子が、どんな苦悩を背負って?

僕は自分に対し、まだまだだからもっと頑張ろう、これからも、と思うけど、この人はきっと、もうこれ以上頑張れないというところまで、力を使い切ってしまったのだろう。

僕みたいな凡人がこの先何十年かかけて使っていくエネルギーを、きっと35年で燃やしきったのだ。

それってどんだけ過酷な世界なんだ。

辛かっただろうね、苦しかっただろうね。

 

苦しい人の逃げ場があって、それにやさしく寄り添ってくれる社会になってほしい。

誰かが死んでから、人々は口を揃えて「苦しかったら逃げてもよかったのに」と言う。

でも、死ぬ前にそれを言ってあげた人っているのか?

有名人芸能人に言えということではない。だったらお前は言ったのかという話でもない。

僕らの身近な人たちにそうしてあげられるか?というはなしだ。

ただ逃げてもいいよというのも無責任だ。

逃げられないから苦しいのだから。

だったら、社会全体が、そう言う人たちを守るように変わっていかないといけない。

理解してあげないといけない。

 

でも、逃げる人をバッシングするでしょ、現実は。甘えだ自己責任だと追い込んで。

苦しくて逃げる人には厳しいんだ、人間って。死んだ人には優しいんだ、人間って。

でもよ、優しくするなら、生きている人にしないか?

 

誰も逃げたくて逃げるわけじゃない。

逃げるという選択に至るまで、散々苦しい思いをするから、逃げてしまうんだ。

本人が一番わかってんだ。敗北感、劣等感、自己嫌悪してるんだよ。

だから、逃げちゃう人に優しくしてあげてよ。死ぬ前に。

 

人生で全くすれ違いもしなかった遠い人だけど、ご冥福を祈ります。

せめて、魂が安らかでありますように。

もし来世があるなら、やさしい世界に産まれてくれますように。

 

僕は生きてる身近な人を、もっと大切にしようと思う。

-日記マラソン

© 2022 はしもっの人生遭難劇場