鬱な雑記

自己肯定感が低い原因に過去は無関係なのではないか?

僕は鬱っぽくなってから、ずっと自己肯定感が低い状態が続いています。

なので、自己肯定感が低い原因は何なんんだろう?といつも考えてここ数年過ごしてきました。

しかし、近頃はそんなのいくら考えてもムダだということに気がつきました。そして、どうしようもない自己肯定感の低さとそれに悩む無限ループを脱しつつある気がします。

そこで、自己肯定感が低くなる原因と、自己肯定感を高める自分なりの方法を説明します。

 

自己肯定感が低い原因と過去は関係ないと思う

僕自身、自己肯定感が低い原因を探そうと、ネットでいろんな記事を読んだり、自己啓発本みたいのをたくさん読んできましたが、そのほとんどで説明されているのが、その人の過去に原因を探ろうとするものです。

例えば、

  • 幼少期に否定されて育った
  • 過去の体験からコンプレックスやトラウマがある
  • 過去に成功体験がない
  • 日本人の習慣

などです。

たぶんそれが原因の一部であることは間違いではないと思います。過去の経験で人格ができていきますし、考え方も変わるでしょう。

僕自身、過去の経験が現在の自分の思考や行動に影響している部分は否定できません。

 

ですが、ここで疑問を覚えるのですが、

過去は変えられないのに、どうやって自己肯定感を高めるんでしょう

という問題です。

 

その方法としてたいてい提示されるのが、例えば以下のようなものです。

  • 自分を信じる
  • アファメーションする(ようは理想の自分を強くイメージしまくること)
  • 小さな成功体験を重ねる
  • 他人と自分を比較しない
  • ポジティブな言葉を使う

言ってることはわからなくもないですし、以前に僕も試したことです。

でもはっきりいいますけど、こんなことでは自己肯定感は絶対に高くなりません。ぶっちゃけ、何すればいいんだか意味わかんないですよね。これらはただの精神論です。

精神の問題なのだから、精神論でいいのでは?と考えてしまいがちですが、健全ではない脳みそがいくら健全な考えを持とうとがんばっても無理です。

壊れたエンジンを、壊れた部品で直すようなものですよ。

 

自己肯定感が低くて悩んでいるのに、それを高める方法として、「自己肯定感を高く持つんだよ!」と言われているのに等しいです。

きっとそのような記事や本を書く人は、ご自身が自己肯定感の低い状態から高めていった経験などないのでしょう。

実際にこのような思い込みで根本解決した人なんか見たことありません。

自己肯定感の高さを決めるのは何だろうか

過去に嫌な経験をしたことなんて、誰にでもありますよね?

では全員そのせいで自己肯定感が低くなったのでしょうか?明らかにそうではないですね。

中にはそういった過去の経験をバネにして、成功を掴んだ人もいます。

そういう意味では、そもそも自己肯定感が低いことが、必ずしも悪とはいえないでしょう。

 

言いたいことは、過去に何があろうがなかろうが、自己肯定感が高い人は高く、低い人は低い、これは事実だというです。

つまり、過去は自己肯定感に関係ない

 

ここで反論です。

自己肯定感が高い人は、何かに成功したから高いのでは

そういう側面ももちろんあると思います。何かがうまくいけば、そりゃあ誰だって自己肯定しますよね。

 

そこでさらに反論です。

成功しても自己肯定感が低く、成功しなくても自己肯定感が高い人がいますよね

そのとおりだと思います。

 

つまり、成功しているかどうかも関係ない

 

では、何が自己肯定感の高さをきめるのでしょうか?

これは完全に僕の考えですが、

今現在、自分の意思で、何かを目指したり何かに取り組んでいるかどうか

ではないでしょうか。

つまり、大切なのは考えではなく、行動です。行動というのは、抽象的な意味ではなく、実際に体が動いていることを指します。

「自分を信じるようにしている」とか、アファメーションするなどといった、頭をこねくるようなことは行動とはいいません。

 

目的を持って行動している状態が自己肯定感を高める

子供の場合。自分自身の意思で、やりたいことに一生懸命取り組んでいる状態の子は、自己肯定感が高いでしょう。

自分で選んで、自分で取り組むということが大切だと思います。

その結果、負けることもありますが、自分で選んだ子は、おそらく負けても自己肯定感が下がりません。

 

また子供の場合、自分で選んだわけじゃないけど、何かに取り組んでいる、という状態は多いと思います。

例えば受験。強制的に入らされる部活など。

この場合、やらされていることに何かしらの意義を自分なりに見出すことができる子がいます。

部活なんて最初はダルかったけど、やってるうちに好きになってインターハイを目指したとか。受験勉強なんてしたくなかったけど、そのうち入りたい大学が決まって、勉強が楽しくなった、とか。

そのような状態になれた場合、初めは自分の意思で選んだ行動ではないにしろ、次第に自分の目標となっています。つまり、受動的だったものが主体的になった。

こうして何かに取り組んでいる状態なら、一生懸命やっているうちは、自己肯定感は低くならないと思います。

しかし、自分で選んだものではなかった場合、敗北して挫折したり、自分なりの意義を見出せなくなった時に自己肯定感が下がります。次に何をしたらいいか、自分で選べなくなるからです。

そうなると、子供の道は閉ざされます。

それが大人になるまで後を引いた状態、これがよく言われている、過去に原因を求めるものです。

 

 

では、大人の場合はどうでしょう。

子供の頃は、多くの場合”やらされて”いる状態ではありますが、何かしらを目指して生きています。

勉強は強制的にでもやらされるし、スポーツもそう。習い事も。

ほとんどの子は”何かしら”やってます。

たとえヤンキーだって、「ヤンキーを」やってます。(むしろ自分の意思で選んでる点で、勉強を”やらされてる”子より良いと言える)

 

何かに取り組んでいるから、その時点では自己肯定感が低くなりにくい。

子供の頃って、「あーー俺、自己肯定感が低いんだよなー」とか思わないですよね?

 

大人が子供の頃のこういった状況と違うのは、

自分で何かを選ばないと、何事にも取り組めない

ということです。

 

もう子供ではありません。誰からも強制されません。やるべきことは、自分で見つけて自分で選び、やらないと何にも始まらないのです。

いやいや、仕事があるではないか、と思うでしょうけどその通りです。

仕事も、子供の部活と同じで、やらされているうちは自己肯定感は低いままです。

しかし、仕方なくやってる仕事でも、何かのきっかけで主体的に取り組めることがあります。部活をやってるうちに目標を持って頑張るようになった子供と同じですね。

そうなれれば自己肯定感を上げることができますが、なかなか嫌いな仕事から意義を見出せる人は多くないです。はじめから自分のやりたい仕事に運良く就けた人は幸運と言えるのではないでしょうか。

嫌いな仕事を、主体的な意義を持たずにやり続けていることが、自己肯定感の低い原因です。これに気づかずにいて、長年自己肯定感の低い状態なら、子供の頃に自分で何かを選んで取り組んで来なかった、ということが多いでしょう。

子供の頃は自分で選ぶ必要がなかった。でも、とりあえず与えられた物事をそれなりに頑張っていれば、自己肯定感が低くならずに済んだのです。

しかし、いざ自分で選ばないといけない大人になった時、そうしてこなかった人は自分で何かを選びとれない。そのまま社会に主体性を持たずに流されていくから、いつの間にか自己肯定感が低くなっている、こういう構造です。

自己肯定感を上げるために今すぐできること

自己肯定感の低い大人は、自分で何かを選んでいるようで、選んでいないと思います。

年齢を重ねるにつれ、現実的にできることの可能性も狭まっていきますから、仕方がないことでもあります。選択肢が少ないわけですからね、負の選択になりがちなのです。

だから、選んでいるようで、選ばされている。それでも、「自分で選んだ道なのだから、自己責任だ!」と厳しいことを言われる。どうにも腑に落ちない。

僕らはこんな理不尽な社会に生きているんですよ。

 

じゃあ、結局主体的に選ぶことのないまま大人になってしまった僕らにはなにができるのか?

やはり、自分なりに意義のあることを自分で見つけて、行動に移すしかないと思います。

しかし、さっきも言ったように、現実としてできることは限られてしまいます。何かがやれない理由はいくらでもあります。

お金、時間、体力、世間体、人間関係のしがらみ・・・ああ、ほんとにこの世はエクストリームハードモードだ。

 

しかし、自分で何かを見つけて動く、これだけが自己肯定感を高める方法です。なんの行動もなく、考え方を変え自分を騙すやり方ではダメなのです。

 

そこで僕がおすすめするのは、やはりこれしかない。運動です

僕はランニングに活路を見出しました。お金のかからない運動なら、今すぐできます。筋トレでもいいと思います。

例えばランニングを、自分の決めた基準で定期的に続けていく。自分で決めたことを実行できた、この時、自己肯定感が爆上がりするのです。

僕は、ダラダラと生きている周りの人に比べて、やるべきことがあるのだ!という状態。自分にはこれがあるという信頼感。これこそが自己肯定感です

ただ、自分は他人とは違うことをやってるんだぜ!という優越感ばかりにとらわれるのはあまり健全とはいえません。自分より魅力的なことをしている人を発見すると、自己肯定感が下がるからです。

しかし、運動をして汗を流していると、だんだん他人がどうとかもどうでも良くなってきます。自分がそれをやること自体に気持ち良さや達成感が生まれてくるからです。

つまり、他人との比較ではなく、自発的な動機によって動けるようになります。

 

運動がやりたいことの土台になる

ほんとうにやりたいことが運動ではなく他にある、という人の場合も、とりあえず運動から始めることをおすすめします。

例えば音楽をやりたい、絵を描きたい、小説を書きたい、写真家になりたい、、、などといった芸術系の場合であっても。

なぜかというと。運動することがそれらの活動の活力につながるからです。たぶんですけど、自己肯定感が低いままそういったことに取り組んでも、すぐに自信がなくなり努力が長続きしないことが多いと思います。

運動を継続することによって得た自己信頼が、一見関わりのないその他の活動にも影響するのです。

また、芸術系の活動といっても、実はかなりの体力を必要とします。長く継続して活動を続けるなら、健康な体と体力は必須となるでしょう。

事実、日常的にランニングしたりジムに通ってせっせと体を鍛えるアーティストの話はよく聞きます。(B'zの稲葉さんが走ってるとか、長渕さんがムキムキだとか。音楽に限った話ではないでしょう)

 

さらには、運動によって集中力も鍛えられます。

集中力とは、「今自分が最も注意を向けるべき対象に対して、注意を向ける力」です。で、これには脳の報酬系が関わっています。

人はある行動をすると快感を覚えます。うまいものを食べたり、エッチなことをしたり。これはドーパミンという神経伝達物質が出されることによって、心地よく感じるようになっています。

で、快感物質が分泌されるということは、それが生物が生き残ったり遺伝子を伝えることに有利な行動であるということ。

だから、脳は報酬を与えて行動を促します。

つまり、ドーパミンは集中を促す物質です。ということは、ドーパミンが多く出される行動は集中力を上げる。やっていて楽しいもの(例えばゲームとか、好きなスポーツとか。)は、自然に集中できますよね。

ならば、集中力を高めるには、ドーパミンが出ればいいわけです。

運動をすると、ドーパミンががっつり分泌されることは数多くの研究で明らかになっています。運動直後にドーパミンが多く分泌されますが、運動はそれ以外の脳の多くの部分に良い影響を与えます。運動を継続することで、集中力が定着していきます。

 

芸術活動やビジネス活動で成果を出すためには、集中力が大切なのは誰でも知ってることです。

要するに、運動が集中力を鍛えそれがあなたの本当にやりたいことの基礎をつくってくれるわけです。

さらには体力、そして自己肯定感、あらゆる面で運動があなたの活動の助けとなるわけです。

まとめ。自己肯定感が低くなる原因と高める方法

めちゃくちゃ端折っていってしまえば、自己肯定感が低い原因は過去などにあるのではなく、体を動かしていないことが原因です。

人間はもともとサバンナやジャングルで生きていました。体を動かして獲物をとるという行動が、遺伝子を伝えるために進化してきた方向性なわけです。

つまり、人間は体を動かすことが基本です。1日中エアコンの効いた部屋で座って仕事するように進化してきていません。
人類の歴史のほとんどの時間はこうした狩猟採集生活だったことからも、これは明らかだと思います。(スマホを日常的に使うようになったのなんて、ここ10年くらいの話です。狩猟採集生活は何百万年も続いています)

 

自己肯定感を上げるために提案できるのは、行動することです。それは抽象的な意味での行動ではなく、文字通り体を動かすということです。

思考法で自己肯定感は高くなりません。そういうもので一時的に自己肯定感が上がったように感じても、それは解釈を変えてごまかしただけなので、すぐまた悪循環が巡ってきます。(少なくとも僕の経験ではそうだった。共感する人も多いはず)

 

運動をすると脳のいろんな部位が活性化されます。歩くだけで、脳トレよりもはるかに多くの部分が活性化するデータもあります。

つまり、運動が根本的な脳の機能を変えてくれる。

強制的に運動をやらされる環境にいる人は少ないと思います。なので、大人なら自分で選択して運動を始める必要があります。

それを継続してやれた時、自己肯定感が上がります。

自信が付くとかそういった表面的なことだけでなく、根本的に脳の機能が改善されるからです。

 

自己肯定感が低い原因を過去に求めることもできますが、それでは解決にいたりません。過去がどうこうは関係なく、自分が今からする行動によって自己肯定感が高くも低くもなります。

 

リンカーンの名言にこういうのがあります。

「40歳を過ぎれば、自分の顔に責任を持たねばならない」

それと同様に、自己肯定感にも、責任を持たねばならないと思います。だから、いつまでも「僕は過去が原因で自己肯定感が低くて、、、」などといってられないのです。

いやべつに自己肯定感など低くても構わないのですが、それでもしあなたが苦しい、自分を変えたい、と思うのであれば今から30分走ってくればいいと思います。マジでどんどん変わっていきますから。

 

過去に何があったとか、無意味とは言いませんがこだわってても何も変わりません。自分を知るために過去を振り返る行動も、僕はあまり意味ないと思います。

だって、走るとそんなことどうでもいいやって気分になるんですから。走って前向きな気分になって、「さて、今日は何ができるかな?」と考える方が、よっぽど意味があるんではないでしょうか。

 

今回参考にした本はこれです。この記事では、運動と脳に関してごく浅い話しかできませんでしたが、詳しく知りたければぜひ読んでみてね。

 

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