クーリエジャポンというウェブマガジンの記事でいいのがあった。
「ストリーク」という、毎日1マイル以上を必ず走るというものについてだ。
1マイル=1.6キロ程度なんてぜんぜん難しくなさそうに見えるが、ポイントは「毎日必ず、自分の決めた期間続ける」というところだ。
記事ではまずは2週間、チャレンジしてみてはどうか、と提案されている。
自分できめた期間は、いかなる状況でも、必ず毎日続ける。2週間でも、3ヶ月でもいい。ペースもそれぞれだし、もちろん1マイル以上走ってもいい。
ただし、これは自分との約束である。極めて個人的なチャレンジなのだ。
これ、チャレンジしてみようと思う。
1マイルなら、だいたい10分といったところだ。だから、10分は毎日必ず走るというルールにする。期間はまず2週間。
今までも走ってきたし、去年の6月から続けている。
でも、毎日は走ってない。適度に休足日を設けている。
これからは毎日やる。今まではランオフに充てていた日も、これからは最低10分のランを行うことにしよう。
11月くらいから始めたこの、「日記マラソン」も言うたら同じようなチャレンジだ。
今のところ毎日続いている。クリスマスに後輩たちと飲んだ日も、帰ってからちゃんと書いた。
これについてはとりあえずは3ヶ月が目標だ。
この日記マラソンと並行して、ストリークにチャレンジだ。
この記事でとても感心したことは、
「毎日必ずやるのだから、今日はどうしようとか、どれくらい走ろうとか、そういうことに気をもむ必要はない。」
という文だ。
つまり、やろうと決意するためのエネルギーなんか使う必要がなく、ただ黙って無感情で走りだす、ただそれだけなのだ。
一度決めてしまえば、あとはやるだけということだ。
これは最強の「続ける」メソッドかもしれない。
心の決断エネルギーを一切使う必要がないのだから、思考力も節約できるではないか。
スティーブ・ジョブズやマーク・ザッカーバーグが毎日同じ服を着る理論と同じだ。
もう一つ、非常に響いた部分はこれだ。
「歯を磨くように毎日やるということは習慣であり、何かのトレーニングというよりは、人生そのものになる」
ああそうか。クソ腑に落ちたわ。
毎日続けることこそが、人生そのものだったんだ。
何かで成功して、その時人生が変わるのではない。
毎日行っていること、それ自体がすでに人生なのだ。
なんてこった。そんなことも知らなかった。
つまり、僕はこれから毎日走る。
だから、走ることは人生の一部だ。
そして毎日書く。この日記もそうだし、小説の執筆も同じ話だ。
書くことも人生の一部になったのだ。
そういう、毎日続ける、自分にとって大切なこと、それが人生の時間を埋めていくんだ。
そう、人生の時間は、大切なことで埋めないといけない。
不要なことや嫌なこと、自分でなくてもいいことなんかをしている場合じゃない。
僕は旅をしながら、毎日走って書いて、という生き方をしたいのだから、毎日やることを決めた時点で、その人生はスタートを切っている。
つまり、夢は毎日実現しているのだ。
1日1日が、人生そのものだったなんて。
もっと自分の大切なことのために、1日を埋められるようにしていこう。
大切なことはなにか、いつも自分に問い続けよう。
仕方なくやる労働もあるかもしれない。
だけど、将来的に、それらを減らすための努力を、毎日しよう。少しづつ。
ということで、走ります、書きます。毎日。